298 絶景は厠から見る大文字 * 写真:東 [文芸(短歌・俳句) 時事]
随想コラム「目を光らせて」NO.298「朝日歌壇・俳壇」から
俳壇 期間:2014.9.1~9.29
絶景は厠から見る大文字*
アオウ ヒコ
写真: 雨の明治神宮 菊花展 2014.10.22 (by aou hiko)
*題 目:朝日俳壇(9月22日)氷室茉胡さん(京都市)の入選作から。
『朝日歌壇・朝日俳壇から』:朝日新聞毎月曜日所載、歌壇、俳壇の入選作から、Up-to-dateな作品を選び、筆者がコメントを付けています。コメントは文芸上の範を越えることがあり、また文中敬称は略しています。頭に★印が付いている作品は「特定秘密保護法」ほか時の政権が推し進める前のめりの右傾化路線を危惧し警告する、朝日俳壇への投稿句。
ここでは Up-to-date な作品としてすべてを採録しています。これらの作品に対しては、そのストレートな叫びに素直に耳したがうべしとしてコメントは略しています。(筆者)
朝日俳壇 2014.9. 1
★戦争を知らぬ子ばかり夏休み (尼崎市) ほりもとちか
刈干しや卑弥呼のやうな女ゐて(神奈川県大井町)新井たか志
刈干し大根作りに従事する女たちを眺めていて、その中にとりわけ差配に優れた女人がいるのに気付いた。大柄な女ではないが、所作の一つ一つがなんともオーラに充ちて、仲間の女たちの信頼と尊敬を集めている。彼女が仕事の合間に口ずさむ民謡「刈り干し切唄」がめっぽう旨いお蔭なのかも知れない。
山寺に芭蕉の蝉と出会ひけり (枚方市) 山岡冬岳
芭蕉が「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」の句を詠んだのは山寺は山寺でも、山形市山寺にある天台宗の山寺、立石寺。大学時代の仲間と昨秋末、月山ほか山形めぐりをした折に、この山寺にも立ち寄った。
蝉の頃を過ぎていたから、岩にしみいる蝉の声には出会うことはなかったが、この山寺近辺には巨石、巨岩が多いこと、あちこちにごろごろとあるのが目立つ。芭蕉もこの地へ脚を伸ばしてそれを感じたのであろうか。単に「岩」としか叙していないが、「巨岩」であるとの前提でこの句を味合うと、閑かさと蝉の声の相乗作用がことのほか拡大して受け止められる。これを度外視してのこの句の鑑賞は不十分だ、とそのとき思った。
山寺はどこにでもあるから、なにも、わざわざ立石寺(あ、寺の名前にも石が!)まで脚を伸ばすことはない。だが、そこに蝉が鳴いていたからと言って、芭蕉の蝉だとは断定できないだろう。その山寺に径5~10㍍もの巨石が鎮座して在ればこそ、その岩石の中心にまでしみとおる蝉の声が、辺りの閑かさを引き立ててやまない、となるのだから。
参拝は雨の日に限ると思っての家族か。 足取りも嬉々として。
水中に風あるごとき金魚かな (宝塚市) 横山嘉子
この金魚、泳ぐ姿に、あたかも袂を風に吹かれ、靡かせている風情あり、というのだから、錦鯉などの痩身体の金魚ではあるまい。ゆらゆらと身を震わせるようにして泳ぐ「琉金」のたぐいであろう。確かに、この金魚、水中に静止しているときにでも、付随する装飾ひれがそよ風に揺すられているように靡びき、動くのだ。
立秋やいのち惜しみて寝そびれし (福津市) 松崎 佐
酷暑の日々は身体の疲れを回復させるが大切だとして、早々に就寝したものだ。だが、季節が移って秋が来る。精神の豊穣を求めるに絶好の冷涼の日々となる。このときを逃してなるものかとついつい、寝そびれする秋が来にけり、である。
朝顔や今朝咲く花の高さかな (伊丹市) 保理江順子
夏中目を愉しませてくれた朝顔。沢山のつぼみをもち、毎朝花開き、その間せっせと、蔓を上へ上へと伸ばし続けてきた。おやまあ、今朝咲く朝顔の花の位置の高いこと。それに、だいぶ小輪になったわね。高いところに咲いているから小さく見えるのかも知れないけれど。
空蝉の精緻に型の残りけり (草加市) 本間まりも
空蝉とは蝉のぬけがらのことである。土から這い出した蝉の幼虫が、近くの樹枝などに前足で自らを固定し、小一時間をかけて脱皮して蝉となる。蝉の誕生は多くは夜間に行われるが、その場が人の生活圏であるため、人目に触れる機会も多く、小学生の夏休み絵日記にも、その経過時間の推移を写した報告がよく登場する。どこから脱皮が始まるかと言えば、背の部分が縦に裂けて先ずは頭が出て胴が出て羽の部分が出て、柔らかい翼が外気に触れて固まり、最後に脚が出る。この後、蝉は朝日を浴びる頃に飛び立つが、観察者は後に残された空蝉をしげしげと観察して驚いている。なんと精緻なまでに蝉の型が残されていることか。
境内脇には菊花展の小屋が列び、雨対策に大忙し。
★卵抱き続ける鳩や終戦日 (川越市) 大野宥之介
★敗戦日無残に青き空なりし (横浜市) 神尾幸子
ひぐらしや夜の匂ひの迫るとき (奈良市) 田村英一
ひぐらしは他の蝉のように、朝日と共に起きだし、鳴きだしたりするかと問われればそうではないように思われるから不思議だ。確かに、夕べから、夜の気配の迫る頃、この作者では夜の匂ひが迫るときに鳴きだす例が多い。その鳴き音を聞いて、人は夏の終わりを感じ取り、秋の訪れの気配を知るのだ。やさしいことばつかいでひぐらし賛の一句。ひとのこころにじゅんじゅんとしみわたる。
朝顔の思案している蔓の先 (平戸市) 辻 美彌子
夏の季節が進み往くにつれて毎朝咲く朝顔も大輪から中輪、小輪へと細ってゆくのは致し方なしだが、その間、変わりないのは、毎朝蔓の先が明日はどこへ、どう伸びましょうかと小刻みに震えていること。思案投げ首など一度もしたことがないのは立派である。
★暑さよりあのひもじさに耐へしこと (芦屋市)田中節夫
★サーフインやこの東(ひんがし)に真珠湾 (松江市)三方 元
★人間の頭上に原爆落とした日 (秩父市) 浅賀信太郎
★終戦日居住まひ正す父をふと (柳川市) 木下万沙羅
★昼寝覚兵役に泣く夢に泣く (茅ヶ崎市) 小泉由美子
老いたれど太陽族の夏ありき (佐賀県有田町) 森川清志
今でこそ、だいぶ老人臭くなったものの、この俺様には、かつて太陽族として、肩で風切る夏の宴があったことよなあ。あまり、誰にも言わないが、それを懐かしみ、大切にして、こうして昂然として生きているのだ。懐かしい夏の日々よ。
朝日俳壇 2014.9.8
本殿に向かって左側にある神事護符などを扱う社殿。 雨のため人もまばら。
妖光を秘めし濃霧や国境 (ドイツ)ハルツォーク洋子
国境と言っても平板な土地の仕切りをお互いの事情で線引きしているだけのことだが、決めて国境を決めていることだが、そこへ来て国境が濃霧に閉ざされているのを見ると、あの濃霧、なにか妖光を秘めているように思えてならない。安心できないという思いを呼び覚ますのか。
一升の酒もて父の墓洗ふ (大村市) 小谷一夫
父は酒好きだったからな、と言うのが息子の言い分で、ともに酌み交わした酒席での尽くせぬ父への感慨なのであろう。彼岸のお墓参りの節、一家総出で周りの清掃、墓石の水洗いとを済まし、佛花を供え、香を燻らす段になって、息子は「ちょっと待ってや」と一升瓶の酒を取り出し、石碑にとくとくと注ぎはじめる。石碑が高ければ、爪先立てて、碑文の途中からの献酒になるのだろうが、一升もの酒は亡き父の全身を酒浸しにするほどに、十分な芳醇な香りと共に碑面を流れ下った。一家は両手を合わせてお参りをしながら、「さぞや、満足やろね」と囁き合ったことだろう。
★鉄屑を拾ひし日あり敗戦忌 (大阪市) 今井文雄
★万感の古りゆくものに終戦日 (宝塚市) 大石 勲
荒海や枕辺に着く父が蝉 (神戸市) 豊原清明
俳句には、限られた文字数を駆使し、厳選した文字には象徴する事象を切り取って仕上げるという才覚が広く許されている。この句はそれが見事に成功した例であろうか。一見、理解し難い俳句と見えるこの作品。次のようにして、作者が詠みこんだ真髄に迫りたい。
荒海;決して穏やかでない非日常がそこにある、という意味に取ろう。枕辺;病を得て家人の誰かが臥している。着く;付くと着くの二つの意味が重ねてあるか。 父が:臥しているのは父。看取りしているのは家人の誰か。ここでは息子の私。
蝉;蝉がそこにいるのではない。いのち短いものの象徴として夏の蝉がそこにいる、と感じておくれ、としている。
我が家は平穏無事の中にあるのではない。臥している父の病状を案じて急ぎ足に家に戻り、父の枕元に座る。とりあえず、今、明日危ないという重篤な状況にはない。だが、夏の蝉が夏の終わりに終焉を迎えるのは広く知られているように、父の枕辺には父の蝉が居ついているのは確かだ。明日とも知れず、父の命が揺曳している。
★終戦日また戦争の足音が (姫路市) 山崎ゆみ子
雲の峰八千屯の水と化す (大阪市) 灘本ただのり
夏空の青に立ち上る白い雲をみて、今まで日本人は美しい白い躍動美を歎じるだけであったか。だが、進行する台風が前途の前線に阻まれて停滞し、凄まじい局地豪雨をもたらし、土砂災害をもたらしたことから、あの雲が膨大な水蒸気であることを教えられた。あれが、どさっと墜ちてくれば、8千トンもの雨水になることを。
★抜け殻にされし八月十五日 (城陽市) 山仲 勉
★戦争を知らぬ吾老い敗戦忌 (大阪市) 前川光平
朝日俳壇 2014.9.15
もう一つ話しありげな帰省の子 (塩尻市) 古厩林生
言いにくそうにしているのは、縁談の相手のことか。渋るのは、何か言いにくい話が絡むのか。まあ、最後の日までには話してくれることだろう。
風の尾にある新涼でありにけり(千葉県横芝光町)藤田考成
風といっても、台風のことで、その最後の尾っぽに付いて来た新涼でありましたよ。
★敗戦忌山河も荒るるこの国の (城陽市) 山仲 勉
厚物咲きの菊の仲間がそろう。
名月や孫の友達良き子なり (横浜市) 込宮正一
今宵は仲秋の名月、お宅でお月見しましょう、などとして孫の友人達がやってくる。中にはお団子やすすきの穂を土産にした子がいたりして。天文事象に興味を持って友の家に集うという友達連中。悪かろうはずはない。みな良い子ばかりです。
★終戦日兄に供えしにぎりめし (旭川市) 坂東きよみ
露けしやときどき直す遺言書 (広島県府中市)宮本悠々子
秋になりましたね。冷涼にして頭も冴え返る秋だから、遺言も少しばかり直しておきましょう。おう、前にはこんなことを言い残していたのか。あの子、そうでもないなあ。
少々手直しをしておくことにしましょう。今度、みなが寄り集まったときに、さりげなく言っておこうか。「つい、このあいだ、諸君への遺言を手直ししておいた。信賞必罰の視点でな」。子等、異口同音にて「かなわんなあ、去年も今頃、ああ、言ったよなあ」「精勤を励め、と言ってるのや」 孫等も「おじい、わてらへも、特別枠でお願いしまっさ」。
「そうだな。スマホにうつつを抜かし居るやつはなしだな。マジだよ。」
厚物咲きの細管が垂れるのを防止するために和紙を敷いているが見た目には今一つ。
雲の峰1万尺の水蒸気 (和歌山市) 佐武次郎
これも、夏の雲の峰だが、視点は降る前の水蒸気にあり。1万尺の高さに立ち上る。
夕立の街美しき桜島 (鹿児島市) 青野迦葉
驟雨一閃、鹿児島の街は洗われて降り積もっていた降灰が消え失せ、美しい町並みを取り返した。目を転じて見る桜島も同じく美しく夕映えに。
朝日俳壇 2014.9.22
旧くから奉納されて来た由緒ある日本酒の銘柄。焼酎もある。
享受してゐる秋光や野に伏せて (ドイツ) ハルツォーク洋子
ヨーロッパで一番美しい季節は秋。それだけに人は秋の光を体いっぱいに受けるために戸外に出る。次なる冬の厳しさに備えるためである。「享受している」などと大げさな言葉さながらに、野に伏せて秋光を体いっぱいに受け取りながらである。
*絶景は厠から見る大文字 (京都市) 氷室茉胡
大文字とは京都の大文字の送り火のことである。八月十六日夜、京都東山の如意ケ岳中の大文字山で行われる盆の送り火行事。<大>の字形にマツの薪を焚く。足利義政が創始したと伝えるが江戸初期に始められたと考えられる。(広辞苑)
京都の秋の一大ページエント、大文字焼きは広くTVなどで伝えられて全国的によく知られている。これを見るために、この時期、観光客が京都に数多く詰め掛けるが、京都に住む人々の関心も極めて高いものがある。「大文字さんを見るにはここ、どこそこ、ですな」というランクができるほどであるらしい。
だが、穴場ありけりで「絶景なるはわが家の厠からの大文字や」とする俳句が朝日俳壇に投稿された。この絶景かなの場所は、このお宅の厠の小窓をあければ、その向こうに大文字山が一望できる絶好の場所らしい。モダンな造りのトイレではなく、厠の上方にあるあかり取りの窓をあければ、立ったままの状態で大文字さんが見えるという昔ながらの構造のようだ。女性専用の厠ではないらしいが、なにも用を足しながら大文字を見なければならぬわけではないし、立てば男性と同じ条件よ、と言われる京都一の厠であるらしい。
見事に白絹の光を研ぎ澄ませた厚物咲きの華の宴
★終戦日過ぎ新たなる戦後かな (豊田市) 小澤光洋
風あれば豹の如くに秋潜む (三郷市) 岡崎正宏
風がなければ、夏の延長のような暑苦しいたたずまいなのだが、いったん風が生じれば冷涼の気が、それこそ豹がダッシュするかのようにこちらに向かってくる。いつのまにか、そこまで来ていた秋の季節。秋の冷涼。
一万句うたひ花野に眠りたし (熊本市) 寺崎久美子
花野に冷涼な秋にあそべば、俳句1万句などなども雑作なし、と言う気になる。そしてそのままここに眠りこけたらなんと素敵な、という気になる。
細弁菊の人気も高いようだが、ここに展示するまでが大変。大いに手間が掛かる。
夕焼けを肌に写して歩きけり (岡山市) 加賀有紗
夏の日差しをもろに肌に受ければ、顔は真っ赤に日焼けして大変なことだった。だが、今は秋に入り、斜めの日差しとなった。秋の夕焼けの陽を浴びて、直に肌に写して歩き回っている。
★九月来る国防色をまとひつつ (宇都宮市) 伊勢丈太郎
豆腐屋と掛け声の出る村芝居 (富士市) 蒲 康裕
毎年、この時期になると、村芝居がかかる。役者も村の住人たちだから、同じく住人の観客から、「よっ、豆腐屋!」と声が掛かる。「四角四面に動き回るな」などとも。
ここも狭い展示コーナーに多くの種類が並べてある。
煌きは騎兵の如し芒原 (福津市) 下村靖彦
芒原に月の光がかかり、これに風でも吹こうものなら、芒原を騎兵が一斉に駆け抜けるかのように煌きが過ぎる。
★月祀る戦火を語る人なくて (堺市) 野口康子
戒名を故人は知らず草の花 (秋田市) 中村栄一
死ぬ前に自分で和尚と相談して戒名をつけておく人もいないではない。だが、多くの人は死んでから和尚から戒名をつけてもらうのが普通だ。普通の人間は自分の戒名など知らずに死んでいく。ありふれた草の花の名など知る由もなく、戒名もこれと同じにである。
触るるてふ指の楽しみ鳳仙花 (高槻市) 会田仁子
唄にも「鳳仙花」というのがあり、♪あゝ、鳳仙花 ホウセンカ♪と連呼する歌詞があるが、果実は熟すと自ら爆裂してその勢いで種子を飛散させる仕掛を持つ。自らの種子を果実のなかで成熟させ、その暁には自らの種を広範囲に飛散させるために、そのタネを回りに力強く跳ね飛ばす爆裂仕掛けを自ら備えた花。その名は♪あゝ、ホウセンカ、鳳仙花である。
その種飛ばしを鳳仙花に任せておけばいいものを、充実したホウセンカの種子苞にわざわざ指を延ばして触れさせ、その爆裂を愉しむ人がいる。まだ未熟で青く、きつく触れても反応しない時期があるが、飽かずこれを繰り返す人がいる。それを「触るるてふ指の楽しみ」とこの句では表現している。この楽しみはほかにもありそうなものだが、選りによって「呆仙家」たらんとしているようだ。
朝日俳壇 2014.9.29
午後三時ごろだったが、こういうときに参拝すると言うのも乙なものだ。
律といふ菩薩ありけり獺祭忌 (いわき市) 星野みつ子
獺祭忌とは歌人正岡子規の忌日。9月19日。糸瓜忌とも。子規には病を養う間、つっきりで看病に努めた妹、律の献身振りはつとによく知られている。ここでは「菩薩ありけり」と崇めているほどだ。兄への尊崇もあったことであろうが、ほんとうに、彼女ほど兄さんに尽くしたひとの例を知らない。偉い人だった。
獺祭(だっさい)
①カワウソが多く捕獲した魚を食べる前に並べておくのを俗に魚を祭るのに例えて言う語。
②転じて、詩文を作るときに、多くの参考書を広げ散らかすこと。正岡子規はその居を獺祭書屋と号した。(広辞苑)
③獺祭;近時、めきめき名を上げてきた酒米山田錦を専用に醸造した大吟醸日本酒の名称。(これについては、いつか別の機会に。)
これはむらさき赤の菊。薄い厚物咲きである。
阿波踊はじけてくると云うて出る (東京都) 望月喜久代
阿波踊りの踊り手。出かけるときに家人に「出かけてくる」「行ってきます」というところを、「はじけてくる」といいのこして出かけたというのだ。はじけるは弾けるであろう。阿波踊りの、あの激しい脚と手の動きに代表される姿は、確かに「はじける」踊りそのものであろう。家人はこう応えたのではないか。「あい、ようはじけてこらっせ」
蝉時雨消えて耳鳴り残りけり (熊本市) 山澄陽子
秋が来て、いつの間にか蝉時雨が消えうせ、静かになったと思いきや、耳鳴りが残るのを覚えたり、である。蝉のいのちは消え失せたが、今年もしぶとく生き残るはひとのいのち、わがいのち。その証としてわが耳鳴りがある。しっかりと残り居る。ゆめゆめ怨むべからず。却ってその音、慈しむべし、わがいのち、であろう。
雲一朶月の過客でありにけり (福山市) 広川良子
なんとまあ、洗練された措辞であることか。あの月夜。浩々たる月の占めたる位置を確かめながら、天空の月を訪れるかに過ぎり往く雲の一群。
奥の細道の冒頭に言う「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」を下敷きに。雲の一朶をそれ百代の過客にするや、雲はしばらくしてそこを離れ去っていく。天空での余韻を秘めた別れのさまを静かに見せてくれました。
風になびく純白、白紗の風情ありて。
死蔵書の斯くながらへて夜長あり (福島県伊達市) 佐藤 茂
私蔵書がいつ死蔵書に変わったのか。それは、わがいのちがそう先行き長くはないと正しく認知した時に始まる。生涯のいつの時にか、読破する予定の書であれば、私蔵書。終に読めないままに終わった蔵書は死蔵書。と臍を決めたのだ。
死蔵書をそのままにしておくことを許せないとする思いが湧きあがった。つまり、死蔵書をなるべく減らそう、私蔵書化しようと思いたったのだ。いのちあるかぎり、読み尽くせ、と決めたからには実行あるべし。と、この夜長、現・死蔵書を脇に積み上げ、ワン・バイ・ワン。私蔵書化への道程を経つつあることです。(そばに白内障予防の目薬を常備しておきましょうぞ。)
★九条は自己主張する天高し (三郷市) 岡崎正宏
★徴兵の時代来るかも曼珠沙華 (福島市)渡辺恭彦
(2014.11.01)
実際に誰かがその後気づいていなくても
彼らが他のユーザーの手助けをしているので、ここでそれが行われます。
by Galen (2018-03-02 04:54)
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