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297 我死なば散骨望むその海へ * [文芸(短歌・俳句) 時事]

随想コラム「目を光らせて」NO.297朝日歌壇・朝日俳壇」から
 
  

          歌壇 期間2014.~9.2           

   我死なば散骨望むその海へ   

              アオウ ヒコ                          

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写真:東京下町歩きと隅田川 ほか ( by aou hiko ) 

 

題 目朝日日)松鷹久子さん(大分県)の入選作から。

 

   『朝日歌壇・朝日俳壇から』; 

 朝日新聞所載の短歌、俳句の入選作からUp-to-dateな作品を選び、筆者がコメントを付ています。コメントは文芸上の範を越えることがあり、また文中敬称は略しています。

 頭に印が付いている作品は「特定秘密保護法」や現政権が推し進める前のめりの右傾化路線を危惧する朝日壇への投稿歌。ここではUp-to-dateな作品としてすべてを採録。これらの作品に対しては、そのストレートな叫びに素直に耳を傾けるべしとしてコメントは略しています。(筆者)

 
      朝日歌壇 2014.9.1

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        富岡八幡宮。山歩会一同が到着したとき、なにやら儀式が行われる雰囲気があった。

 

広島に育ちて毎夏ヒロシマを学びて思う「知らぬということ」                                                               (広島県府中市) 内海恒子


 黙祷を捧げて水を飲むこれは何万人が飲めなかった水 

               (大阪市) 安良田梨湖

 広島の原爆記念日にあわせて、その霊安かれと手を合わせ黙祷をする。この日この時刻、日本中で、家の内外を問わず、黙祷をされた人の数たるや膨大なものであるだろう。あの惨劇、広島、長崎に住んでいなかった日本人は幸いというか、直接の被害にはあわず、いのち永らえた。しかしまかり間違えばあの被害に巻き込まれていた可能性もある。恐ろしい武器、そして戦争というもの。原爆記念日に黙祷を捧げたあと、コップ1ぱいの水を飲みながら思う。ああ、あのとき、ピカドンの熱線に皮膚を焼かれ爛れさせ、夢遊病者のように歩きながら「ミズヲクダサイ」と訴え続けた何万人がいた。この水を飲めずに死んでいった。恐ろしい武器。核兵器、そして戦争というもの。

                                 35-DSC_0345.JPG                     この日、新横綱「鶴竜」の名を歴代横綱の名と共に巨石に鑿で刻む式が予定されていた。

 

 幾そ度歌ひしものか「みたみわれ」報国隊の女学生なりき

               (徳島市) 磯野富香


 ★敗戦日朝から父の不機嫌に触らぬ神の毎年のこと

                   (東京都) をがはまなぶ


 蝉の殻じっと見つめて憲法もかくのごとくになりにけるかな


               (青梅市) 津田洋行

       蜩は遠い追憶歌うから近くの声も遥かに聞こゆ

         (さいたま市)大浦 健                              

 蜩は他の蝉とは違って秋口に姿を現し、日暮れの頃に、あたかも遠い追憶の歌を歌うかのようにしっとりと鳴く。地方によって、つくつく法師、オーシンツクツクなどと呼ばれて、往く夏と短い秋を鮮やかに切り分ける。たまたま、家の庭木にとまって鳴きしきることがあっても、どこか遠くの物語を聞くかのように耳をそばだたせてやまない。夏が往く、秋もまもなく、そしてわたしもまもなくのお別れです。ジィー。

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                       新横綱の名が石に刻まれるのを見つめる相撲ファンたち。


  八月に背中を押されてペディキュアを私のために塗る珊瑚色

                (草津市) 山添聖子

 おもえば、子供を授かり、幼児を抱えてせわしない毎日が飛ぶように過ぎる日々の連続。息つく間もない、まるで戦場の日々であるかのように。自分の身の回りをかまう暇がない日々が続いた。八月になって、ようやく一段落の日々が来て、少しの余裕が。身なりを整え、さてペディキュアも、手も足の爪も珊瑚色に塗りました。産後色って美しいものですね。


蟷螂(マンティス)が夜の独房に忍び込み功夫(カンフー)名手の如く威嚇す

              (アメリカ) 郷 隼人

 どこから忍びこんできたのか、一匹の蟷螂(かまきり)が私の独房にいるのを発見。なんとも大切な訪問者であることか。「おう、おう、マンティス君よく来てくれたね」と近寄り、手に取ろうとしたが、どっこい、そうは簡単にはいかない。カンフーの名手のように両手の鎌を交互に振り上げて拒もうとする。「おー、そうか、そうか」なにも、手に取ることはない、話し相手が独房に来てくれただけでも嬉しい。この時間をできるだけ永くとって、お互いに喋り合おうじゃないか。おい、まかり間違っても、俺に飽きたからと言って、ここから逃げ出そうなどという了見は出さずにいておくれな。メシは何とかするからな。いいね?

 

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       横綱力士碑の前に、色とりどりの御籤が結わえられている
 
 

 朝食の蜆を洗ふ音のして七十二歳妻誕生日

               (横須賀市) 五十嵐たかし

 目が覚める。今日も好天らしい。台所から朝食に使う蜆を洗う音がシャカシャカと聞こえてくる。元気に水洗いをしている妻は七十二歳、しかも今日は彼女の誕生日だ。なんとしあわせな今日この一日。


 縦じわと横じわ深く交差させヒロシマに座すケネディ大使

                 (近江八幡市) 寺下吉則

 西洋人は齢をとると、急に顔に皺が増え、しかも深く寄るようだ。ケネディさんも、大使として日本に着任したときに、齢の割には皺が目立つ女性であるように見受けられた。日本を訪れる米国人として、もっとも難しい思いに駆られるのは広島(そして長崎)への訪問、または旅行であろうか。できれば行きたくない、古傷に触れたくないとする思いがどうしても先立つらしい。それは、太平洋戦争を終結させるためとは言え、あの無差別殺人兵器の原子爆弾を、日本の無辜の市民の頭上で炸裂させ、そのほとんどを死に至らしめた米国に属する人間であるからだ。あれから69年が経つが、米国大統領はいまだ両被爆市へ足を運んだことがない。犠牲者の慰霊と鎮魂のために花輪を捧げたこともない。日本人に対して原爆投下のお詫びと鎮魂行脚がなされていないままである。

・1945年8月6日 広島市に原爆投下 死者数 10余万人

・1945年8月9日 長崎市に原爆投下 死者数  7万人

 ケネディ大使はその点、デリカシー深い心情の持ち主であることが、着任以来の発言その他で窺い知れる。その米国を代表しての広島行であれば、記念式典会場での、顔に寄る縦皴と横皺が深く交錯するのはいかんともし難いことであっただろう。オバマ大統領に広島、長崎 両被爆市への訪問を勧めているとされる大使だけに、その魁けであることを意識されていたのではないか。優れた大使として評価に値する。

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                 深川不動堂 。

 見解の総意ですね」と打ち切った民への宣戦布告のやうに

              (浜松市) 桑原元義

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 夏の夕会いたくなるのは君ではなく君をあそこで待っていた我

              (和泉市) 星田美紀

 少し時が過ぎて、そう、あのときから一夏が過ぎた。君はいなくなって特に君に会いたいとは思わない。だが、あの時君が来るのをあそこで待っていた私そのものには会いたくなる。あの高揚した思いに包まれていた我の輝きそのものを確かめてみたいから。

 

 雨の夕塀をのぼりし幼虫は真夜をましろき蝉になりたり

              (北九州市) 嶋津裕子

  盛夏中、木立に群れて鳴き交わす蝉に幸いあれと、いのちの宴を愉しむ中に、彼らの同僚の中には出立直前の地球表面の天候不順で脱皮が旨くいかず、雨に打たれて白い骸となる不幸に会う蝉もいる。脱皮中に突然の夕立に襲われるというのがそれ。せめて、庇の下にでも、脱皮の場を選んでいたらよかっただろうに。御嶽山の噴火、噴石を逃れるために、山小屋の庇の下に頭をつっこんで難を逃れた人がいたというから、蝉君も、も少し考えて欲しかった。

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深川閻魔堂。 数あるお願いの中、ボケ防止を祈願、胴間声で「よし」との返事があった。

 

 菩提樹もへくそかづらも実を結び秋立つものか山風匂ふ

              (伊那市) 小林勝幸

 暑さに茹だった夏もいつのまにか、時が流れて秋の気配だ。菩提樹もへくそかずらもそれぞれに実を結びつつある。山から吹いてくる風が秋の匂いをつれてきているようだ。                              

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 刻名式には多数の力士が出席したらしい。清澄庭園で打ち上げがあったのか、庭園前で。

 

        朝日歌壇 2014.9.8                                 

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  灯台の帽子となりて留まれる鷗一羽に雲の峰立つ

                (熊谷市) 内野 修

 海辺の灯台の先端に白い鷗が一羽とまっている。その背後、高い青空には白い雲の峰が立っている。海辺の青と白との盛夏の景。

  
 ★宿題が憲法前文暗誦であったあの夏砂にも書きき  

                大和郡山市 四方 護

芋にまで護国とふ名をつけし頃になりはしないか遠雷ひびく                                                   

                    (津市) 村上茂代

 体内に残留放射能持つ不安おしこめて生きし六十九年

               (アメリカ) 大竹幾久子

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清澄庭園。 松と銘石が美しい池を縁取る。  

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             飛び石がかくも美しく配列されている庭園はほかにあるまい。


我死なば散骨望むその海へ続続進む赤蟹の群れ

               (大分県) 松鷹久子

 かねがね、私は死ねば海に流せとして散骨を選んでいる。それだけに、散骨の場所として選んでいる海へは、事前に幾度か足を運んでいる。

 今回は波打ち際まで行ってみた。海の青、寄せる白波、潮騒の音、静かで平和なたたずまいで、いつも私を迎えてくれている。おや、あれ、浜辺に小さく動く生き物がいる。何処で生を受け育ったものか。蟹だ。腹部は白、背部は暗赤色の蟹が、群れを成して続続と海に入り消えて往くではないか。

わたしもいつかはこうして海に消えていくいのち。わたしに前後して、海往かばの道を選ぶ道連れが続続とこの「海入り」の道を選ぶのだ。私はその赤蟹たちの整然とした海入りの儀式をわがことのように、ヒトのいのちの化身であるかのようにじっと凝視し続けた。


 四捨五入すれば還暦されど吾に子無し妻無し癌ふたつあり

                (東京都) 石島正勝

 もうまもなく還暦を迎えるの60歳。だが妻も子も無い。でも癌は二つありますよという。陰陰滅滅であるかというと、そうでもなく、余計なものを二つも抱えていましてね、と最後に読者をからかう明るさがあるのが救い。


 光前寺信濃の山の寺に見るヒカリ苔の青光りゐて秋

              (伊那市) 小林勝幸

 やはりこれも秋到るの歌。あくまで静謐な自然詠に徹している。ヒカリ苔の青はこの秋、日本の三人の科学者が青色LEDの発明でノーベル賞を得た青色に通じるものがあるようで、受賞を祝う歌としても通用すると思われたりすろ。

                                                                                                                                     12-DSC_0404.JPG             

 この日は亀にとっては甲羅干しに絶好の日だった

 

 「妻九十八の誕生日」と言ひ百歳は上寿司を買ひ自転車で去る

                (小平市) 岡田正子

 「じゃ、あなたさまは?」寿司屋の女主人に訊かれて「二つ上だよ」とサドルに跨りながら答えたのか。こういう元気なお二人が居られて、街中が明るくなる。幸せを享受するというのはこういうことを指すのだろう。いずれにしよ、あやかりたいものだ。若々しいお二人に


 古里の終戦前夜の空襲が不意に映れり全国ニュースに 

                        (秋田市) 幸野 稔


 集団で自分を守ると言うことはみなで渡れば怖くないこと


                 (東京都) 大久保やそじ

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                  東京スカイツリーも遠望できる。

 

 缶ビール二口飲んで話し出す一昨日(おととい)決まった僕の転勤

                   (長野市) 原田浩生


 二日ばかり、家族に知らせずにいた。しかし、いつまでもそうはいかないので、酒の勢いで転勤になったことを話した。多くの人がこの転勤というプロセスを経て、それぞれに脱皮、成長していく。心機一転、めげずに努力しよう、とするのが勝ちのようです。


         朝日歌壇 2014.9.15

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清澄庭園を代表する優れた和風のたたずまい

 

 自らは侵略者だとは言わぬもの誰もが自衛と言って始める

               (堺市) 根来伸之


 数万が見上げて死にし原爆を上から見た人バンカーク氏逝く

               (アメリカ) 大竹幾久子 

 

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                               米国では大戦を終わらせたのはエノラゲイだとして展示している。             

 

 窓閉めて遠い花火を眺めてる静かな夜に鳴らない電話

               (船橋市) 酒井知衣


 今までは誰かが誘ってくれたものだが、今年の夏の花火大会は音沙汰なし。致し方なく自分の部屋で独り、窓から遠くの花火を眺めている。静かな夜の私の部屋。だれか、電話でもくれたらよさそうなものだけど、鳴らない。花火の音もしない。独り取り残されている。

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                  隅田川を行く。  またなんと、四角の窓枠が目立つ客船、しかも赤色。

 

 広島で学徒兵なりし僧がつく鎮魂の鐘染む八月六日

               (津市) 田中周治

 


 美しき胸鰭ひろげ魴鮄(ほうぼう)は吐息のごとくばふばふと鳴く

               (東京都) 大村森美


 釣をして掛かった魚が鳴く(音を発する)例は少ない。ホウボウ(ボーボー)、フグ(豚の声に似ている。ブー)、イシモチ(グー、グー)クマノミ(カチカチ)などがよく知られている。この歌ではバフバフと鳴くとあるが、空気が入りすぎてそう鳴いたのかもしれない。いずれにせよ、助けを呼ぶ声なのだろう。

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          高層ビルが林立。東京もいつの間にか面目を一新。

 

車椅子乗らずに父は押し歩く九十九年頑固一徹              

               (三鷹市) 大谷トミ子


 車椅子は乗るものではなく押すものなり、として頑固一徹のお父さん九十九歳なり、とはすばらしいお方。超健康体。押し専門に徹するとは。お若いときはラグビーのフォワードで名を轟かした名ラガーであられたのかも。


 ★原発の廃炉は決めずわが町の避難受け入れ先を公示す

                 (島田市) 水辺あお


 戦争の記憶なけれど反戦の本と映画でわたし護憲派


                  (名古屋市) 佐野孝子


 戦争で片足無くした祖父思う九条守れときっと言ってる

                  (鎌倉市) 小島陽子

 

 野紺菊りんだう草藤むらさきの花野さびしき嫠婦(りふ)の集まり

                  (大分市) 岩永知子

 秋の草花がとりどりに咲き乱れている花野で会いましょうとして、ここに集った。にぎやかに話は弾むが、一瞬しんと静まるときがある。そうだわね、ここにいる皆さん、すべて夫を見送った女ばかりだよね、と。いつもは特にそんなこと考えもしないのに、秋の花が咲き乱れる花野に投げ出されるとそうでもなくなるから不思議。

 (注)嫠婦(りふ);夫をなくした女。やもめ。(広辞苑)

 

 月見草わが手にのせし若き日の夫にあひたしつくつくほうし

               (三鷹市) 増田テルヨ 


 どうかするとお若いときに富士山麓の御坂峠にある天下茶屋をお二人で訪ねられたのかも知れない。折から周りには月見草が数多く咲き乱れ、夫君はその一輪を採り君に捧げたときに、「君には月見草がよく似合ふ」としたのかもしれない。「富嶽百景」の点景の一つとして幸せを共にした思い出がいつまでも忘れ難いのかも知れない。

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                御坂峠から富士山を見る 

 あれから、もう随分時間が過ぎた。夏が過ぎ、秋が来る。つくつく法師が鳴いている。

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                                      月見草

 

 九条と空気は同じ汚されて初めて気づくいかに大事かと

               (東京都) 無京水彦


 戦中も平和平和と聴かされき政治家が言う平和とは何


                 (伊万里市) 村田昭典 

       


                     朝日歌壇 2014.9.2               

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       さて、なんという植物の実か。隅田川沿いの植栽。ブルーベリーではない。

      後日、読者の I さんから、「これ、トベラといいます。低木です」とお知らせいただいた。

     

 棄てられし河豚の子海へ放たれて振り向きもせず真っ直ぐ潜る

               (いわき市) 馬目弘平

 網に掛かった河豚の子も小さいサイズのものは海へ返す、戻すのが漁師のしきたりであるのか、草河豚なんかはそれこそ余計な獲物が掛かりおるとして、一顧だにされず海へ捨てられるようだ。いづれにしろ、河豚の子にとってはいのちが助かったわけで、ここは遁走に如くは無しとなる。

漁師は子河豚がどのように逃げるかなどは見もしないだろうが、この歌の作者はしっかりと見届けている。放たれた河豚の子は海面に触れた瞬間、横に走るなどの動きはせずに、振り向きもせずに真っ直ぐ海の底めがけて垂直に潜りに潜る。急速潜行というやつである。「直下に潜りに潜るに如く無し」というDNAの指令を忠実に守っている。

 

 帆をたたみ晩夏の海は潮任せ岬を回り波静かなり

              (安芸高田市) 安芸深史


 ヨットを能くする人にだけ、その享受を許されているのが、この状況であろう。大海原にヨットで繰り出し、帆をたたみ、潮まかせで漂いながら岬を回るなどはヨットの世界を知らぬ局外者には想像もつかぬ、羨ましき限りの悦楽であろう。ヨット族はこのとき何をしているのだろうか。かりそめにも、スマホなぞをいじったりはしていないだろう。大いに「浩然の気」(天地の間に満ち満ちている非常に盛んな精気(広辞苑)を養なふを専一になされたい,と願うや切。わが身の不幸を嘆きつつである。 

 

 碓氷路をささと若雉子過(よぎ)りたり赤く鋭き野鳥の顔で

                 (藤岡市) 田村 智


 信濃の碓氷路の山道を歩いていると、思いもかけず、ふと雉鳥に出会うことがある。

通常は15㍍もの先の前方を横切りケースが多いが、中には5㍍くらいのつい鼻先の路で出くわすことこともある。この歌は、この超接近の出会い図のようだ。なにしろ、若雉子の顔つきがはっきり見えたというのだから。赤い鋭い野鳥の顔をしていたというのだから。


 ★防衛はまず原発を無くすこと敵の着弾廃墟の日本

               (福岡市) 南川光司


 原発の事故原爆と思いこむ認知症の母のおびえ止まらず

               (横須賀市) 池田卓爾

 

 現世に蝉疎まれず愛でられず静かに土に還り行きをり

               (東かがわ市) 桑島正樹


 夏も過ぎ秋の声を聞くとともに、蝉の声も途絶えたが、この日本の住民たちは夏の間鳴き続けた蝉をどう思って過ごしたのであろう。「疎まれず愛でられず」の存在として認められていたかどうかを、多くの人に尋ねれば、「そのような質問が来るなぞ、思いもしなかった」というのではないか。盛夏を彩る声の饗宴を「いやでもなければ、すきでもなかった」と断言する人は少ないであろう。蝉の声は盛夏のシンボル、昔からの与件としてすんなり許容している、という人が大部分ではなかろうか。そして「静かに土に返り行きをり」については、まったく同感そのとおり、だとするだろう。 「また会おうぜ、暑い夏にね、帰ってこいよ」というのが蝉への惜別の声の最大公約数ではなかろうか。


武器を持つことのできない手のかたち猫のパンチの羨ましかり

               (大和市) 澤田睦子

 

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隅田川を客船が快走する。手を振っているので、こちらも返す。

 

 昼寝する我にわずかに触れながら眠りたる日の犬を忘れず

               (東京都) 豊 英二


 この歌は愛犬家にとっては、犬を題材に詠んだ多くの歌のなかでも、自分の考えを如実に示し代弁した歌としてこれに勝るものはない、と激賞するのではなかろうか。


 犬が飼い主の主人に寄せる心からの信頼と、さりげなく示す愛情の所作の極致が示されているではないか。「犬は家の外の犬小屋に繋げ」などとする犬嫌いの人は主張する。これに対して「犬は家族の一員であるからそれはできない」として犬嫌いの人に対抗するようだ。そういう際には、この歌を示せば、いかに犬嫌いの人でも黙りこむだろう。愛犬コンテストの歌としては、最上席の入選間違いなしである。なんとデリケートで奥深い感謝と情愛を示す犬という生き物であるかな。愛燦燦!

 


           朝日歌壇 2014.9.29

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近くに 松尾芭蕉祈念館がある。客を誘なうかに男前の芭蕉さんが待つ。
 
                                                              

 病床の網戸に抜け殻張り付けて羽化したばかりの蝉鳴きはじむ

                  (鹿沼市) 石島佳子


 蝉は羽化しても、直ぐには飛びたてない。先ずは翅を伸ばし、これを外気に触れさせ、飛翔に耐える硬度に至るまでの時間を、一人前の昆虫への完成のために必要とする。だから、羽化したばかりの蝉が急に鳴き始めるというのはないような気がする。

蝉に課せられた使命は限られた短い命の間に、できるだけ早く成蝉になり、高らかに歌い、伴侶を得て命を授け、その成就とともに使命を終える。であろうから、これまでに進化があって、羽化したばかりの蝉が鳴き始める個体へと変貌しているかも知れない。

 病床でじっと耳を澄ませて一部始終を追い求めている人が、その進化蝉を発見した、ということもありうる。仮説が一つ増えたなあ、である。来年の夏の夜明けの時間帯、蝉の羽化の場を見つけて時系列で見てみる、聴いて見ることにしよう。観察者が生きておればの話である


 月明を照りかへしたる大潮の波にひきぬく太刀魚の銀

               (西条市) 村上敏之


 なんと美しく、ますらおぶり然として。大潮の頃、月明かりに照らされた太刀魚漁の情景。普通の魚は海中では横に動きまわるが、太刀魚は長い銀色の魚体をほぼ垂直の状態で泳ぐとか聞く。おそらく集魚灯に引き寄せられて漁船の側に集まり、立ち泳ぎの態勢で餌にかぶりつくのだろう。

 熟練の漁師が餌をつけた仕掛けにバラキューダーの歯を持つ太刀魚が食い付いた瞬間、漁師の手が動く。海から姿を現す姿は銀色の太刀を波から引き抜くという表現にぴったりだ。月光に照り映える太刀魚の銀を次々の水揚げするの快感!美しい銀のくねりと反映!。想うだに、この仕事、仕事冥利に尽きるではないか。

 

  コップを手に冷蔵庫前に立つこども「のどかわいた」とまだ言えなくて

               (東京都) 黒河内葉子

 冷蔵庫の前に立って、ドアをトントンとたたくのか、ただ黙っているのか。

 

  大山に詣でて下りる男坂天にひぐらし地より沢音

               (三島市) 森島久志

 天からヒグラシの声が降り、地からさわ水の音が立ち上る。純粋に自然界の音だけに包まれる大山詣での帰り道。


 「憲法を遵守せよ」との憲法をも一つ作らねばならぬかな 

                 (前橋市) 荻原葉月

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    隅田川沿いの庭園を歩く一行。 右手の池には巨大な鯉が悠然と泳ぐ。 

 

 頼朝の夢のお告げを解説し人力車夫は小雨を走る

             (鎌倉市) 小島陽子


 タクシーだったら、「何処行きます。ハイ着きました」で終わるのだろう。鎌倉めぐりに人力車。「お乗りなさい。まず、頼朝さんの夢のお告げを聴いてもらいましょ」と爽やかに前口上。「さて参ります」小雨模様の鎌倉でした。

 

 公園の猿とは違ふ貌をして罠に掛りし日本猿の子

            (可児市) 豊田正己

 その表情には命の危険がもたらす極度の緊張、どのようにして罠から逃れるかの智恵と強烈な意思のほとばしりがあった。

のんびりと餌を手にして、観客に媚を売る動物園の日常の猿の表情とはまったく違う貌をしていた。鳴き声も鋭く高音、裂帛の気合が込められて、ヒト様もそう間単には手が出せなかったであろう。

           (2014.10 


 


 

 



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JanCrove

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